武蔵野うどん探訪記

2017年夏号で掲載した「暑気払うスローフード 武蔵野うどんノスタルジー」から武蔵野うどんの取材を始め、2017年-2018年冬号より連載「武蔵野うどん探訪記」をスタートしました。これまで取材した武蔵野うどん店の記事に加え、誌面ではお伝えしきれなかった編集部の感想なども記載していきます。

①満月うどん(武蔵村山市)11月中旬にリニューアルオープン予定
手打ちうどん 小島屋(東村山市)
手打ちうどん 庵(東大和市)
④本格手打ちうどん 笑乃讃(武蔵村山市)
きくや(東村山市)
⑥うどん弥 根古坂(小平市)
純手打ちうどん ますや(東村山)
⑧こせがわ(東村山)
⑨はらだ製麺(武蔵村山市)
⑩田舎屋(武蔵村山市)
⑪肉汁うどん 青柳(武蔵村山市)
⑫うどん処 指田屋(小平市)現在配布中の2020年秋号をご覧ください

武蔵野うどんをご家庭で手作り! たまきたレシピ「武蔵野うどんの打ち方

武蔵野うどん連載のきっかけになった記事( 2017年夏号 )

「暑気払うスローフード 武蔵野うどんノスタルジー」

冷たいうどんを野菜の入ったつゆと一緒にいただく「糧うどん」。
ずっと昔からすぐそばに、夏の体に元気をくれる郷土食がありました。

取材協力:武蔵野手打ちうどん保存普及会/小平ふるさと村/むさしの エン座

武蔵野台地の粉食文化

撮影場所:小平ふるさと村

たまきた地域は、関東平野の西部に広がる武蔵野台地にあります。玉川上水が通る前の武蔵野台地は水が乏しく、水田をつくるのに適さなかったため、乾燥に強い小麦が多く栽培されていました。そのため、小麦粉を使った、うどんや、おまんじゅうなどバラエティー豊かな粉食が生まれたのです。

ごちそうだった糧うどん

中でもお盆や正月、結婚式などの「ハレの日」には、地粉を使ってうどんを打ち、つゆには旬の野菜をゆでて入れていました。つゆに入れる野菜のことを糧(かて)と呼び、こういった伝統的な食べ方のうどんを「糧うどん」といいます。糧うどんは現在も、武蔵野うどんの代表的な食べ方として受け継がれています。

撮影場所:小平ふるさと村
撮影場所:小平ふるさと村

現在の糧うどん

肉を入れた肉汁糧うどん

今、たまきた地域のうどん店でよく見かけるように、肉が入れられるようになったのは最近のこと。この進化で主食、肉、野菜がとれる栄養たっぷりな食事になりました。暑い日でも冷たいうどんをだしのきいたつゆにつければ食がすすみ、野菜も肉も自然に口に入ります。この夏は、かつてのこの地の人たちのようにおうちで糧うどんを作って、暑い日々を乗り切りませんか。

武蔵野うどんむかしばなし

~話してくれた人~
武蔵野手打ちうどん保存普及会
梅室八重子さん
武蔵野うどんのことを多くの人に教えることがライフワーク。自宅ではうどん打ち専用の建屋を作り、うどんを打って友達や親戚などにふるまうほか、四国などうどん打ちが盛んな地方にも出掛けてうどんを日々研究している。ジョギングが趣味で現在も毎朝走るというスポーツウーマン。

私の先祖は285年前に千葉から小平に移り住んで、農業を始めました。私が小学生、中学生のころは、6月、7月になると一面の小麦畑が黄色く染まっていたのを覚えています。当時、お米のできない小平では、うどんが何よりのごちそうでした。糧うどんの糧(野菜)は、当時は貴重だったうどんばかり食べないように、かさを増すために入れていたそうです。

七五三、結婚式などの祝い事、お盆のときなどは、近所の人が協力してうどんを作って食べていましたよ。昔は、こういうときのうどんを、ごちそうのあとの「本膳」と言っていたそうです。

東京では7月15日がお盆だというところが多いのですが、私の住む小平の都心よりのほうは、当時盛んだった養蚕の忙しい時期を外して8月15日。お盆には、朝から小麦粉でゆでまんじゅうを作って盆棚に上げ、昼にはうどんを食べるのが習慣でした。今でもうちでは、お盆にうどんを打ちますし、普段の友達の集まりでも手打ちうどんをふるまいます。糧うどんはさっぱりしていて、お酒の締めにも喜ばれるんですよ。


 

武蔵野うどんでハレの日を祝う  昭和時代の結婚式で挙式

この取材に協力していただいた「小平ふるさと村」にある旧神山家住宅主屋で、結婚式を挙げる方を募集しているのをご存じでしたか? 手打ちの「小平糧うどん」も式の食事に登場します。

○小平市域に伝わる昭和30年代ごろの挙式と披露宴を再現
 ※人前結婚式(和装) ※市民に公開
 ※詳しくはWEBサイトで、または下記へお問い合せください
●公益財団法人小平市文化振興財団
 電話/042-345-5111 
 WEB/http://kodaira-furusatomura.jp