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たまきた人 大久保光さん (プロライダー)

たまきた地域で活躍する人にインタビューする「たまきた人」。
今回は、東大和市出身で世界で活躍するライダー大久保光さんにお話を伺いました。

大久保 光さん

「日本で最高の景色を見たら、もっと高い場所を見たくなる」

●おおくぼ ひかり
レーシングチーム「Kawasaki Puccetti Racing Team」所属のライダー。1993年、小平市生まれ。5歳より東大和市居住。現在はチームのあるイタリアに居住。国内レース参戦の際は東大和市の実家を拠点としている。
2003年、ポケットバイクレース「DAIJIRO-CUP」初代チャンピオン。2010年、17歳で「全日本ロードレース選手権」の125ccクラスでチャンピオンとなり、脚光を浴びた。
2016年、スーパースポーツ世界選手権(WSS)出場。同年から3年連続で鈴鹿8時間耐久レース決勝に出場し、2018年は全64台中19位、クラス別では2位で完走を果たした。
オフィシャルウェブサイト 「HIKARI OKUBO 78

― 高校生で全日本チャンピオンになり、24歳の現在では世界のレースで活躍されています。バイクを始めたのはいつですか。

大久保 3歳のときです。いとこが茂原サーキットの近くに住んでいて、ポケットバイク(※1)をやっていたんです。その練習に付いていったときに乗ってみたのが最初です。その1週間前に自転車に乗れるようになったんですが、自転車よりずっとおもしろかったですね。5歳のときには、鈴鹿8耐をテレビで見て「ロードレースに出たい」と思っていました。

― 小さいころからバイク一色なんですね。

大久保 東大和市立第七小学校に通っていましたが、多摩湖や七森(東大和市下立野林間子ども広場)で友達とよく遊びましたよ。第五中学校のときにはピアノやラグビーもしました。中学2年で国内ライセンス(※2)を取得してロードレースの地方戦に参戦し、翌年には全日本ロードレース選手権に出場するようになったので、そこからはバイクだけです。東村山市の都立高校に通っていたときは、地方でのレースも含めて年間6戦出場していました。
(※1)ポケットバイク…排気量30ccの子ども向けレース用バイク。3歳から乗れる。体の成長などに合わせ、排気量50ccのミニバイクに移行することが多い。
(※2)国内ライセンス…国内ライセンスは通常16歳以上で取得可能。大久保選手は特別昇格制度を利用し、フレッシュマンライセンスを飛び級してジュニアクラスから国内ライセンスに昇格した。

― 学業とバイクの両立は大変でしたか。

大久保 バイクは野球やサッカーと違ってサーキットなどで練習するので、バットを振るとかボールを蹴るとか、近所でできるような練習がないんです。車の免許がないので自分でバイクを運ぶこともできませんし。
親が自営業だとか、わりあい自由に練習に連れていってもらえるライダーも多いのですが、僕の父はバスの運転手をしていて土日も仕事のことが多かったので、休みがたまたま合えばサーキットに連れていってもらうという感じでした。ですから練習は体づくりがメーンであまりバイクの練習はできなくて。レースに出るためにコンビニでアルバイトもしていましたね。
レースに出場するために学校に行けないことが多かったのですが、バイクは高体連に入っていないので公欠にならなくて、欠席日数が多かったんです。中間テストは1回も受けていないので、期末の成績がよくてもいい成績にはなりませんでした。レースでタイトルを取ったり、生徒会長を務めたりしても、学校ではなかなか評価してもらえなくて。そのときから、日本で若い人がこういう夢を叶えようとするのは大変なんだと感じていました。
一方で、サーキットまで応援しに来てくれる先生もいたんです。心強かったですね。

― 卒業後は海外でも活躍されていますね。

大久保 高校を出たあとは、中学生のときからヘルメットのサポートをしていただいていたアライヘルメットでアルバイトとして働きながら、アジア選手権に出場していました。
 19歳のときには、アジア・ドリーム・カップというレースの初代チャンピオンになったんです。そのまま世界選手権に参戦できる予定だったのですが、所属していたチームが消滅するなどいろいろ事情が重なって参戦できなくなって、そのときは心が折れそうでしたね。人を雇ったりスポンサーを自分で集めたりしてチームをつくり、2年間は全日本選手権を走っていました。

― 今でも自らスポンサーを集めたり、あいさつに行ったりしていますよね。そうまでしてでも出たいレースの魅力は。

大久保 スポンサーについてはマネージャーに任せるライダーもいますが、僕は昔から自分でやっています。人を雇うとお金がかかりますし、将来のことを考えて、さまざまな方々と直接繋がりたいので。
 レースの8割は苦しいことですが、勝ったときはその何百倍もうれしいし、そこでしか見られない景色を見てしまうと、もうやめられないんですよ。
 日本でトップを取ると、世界でもっと違う景色を見たくなります。一番高いところからの景色を見たいから、世界チャンピオンを獲るのが目標です。
 今は、そのためのプロセスがまだ甘いと思っています。体づくりや練習はもちろんですが、バイクに乗って走るレースですから、エンジンがついていて、タイヤがついていて、サスペンションがあって、それが全部噛み合ってこそレースができるし、いいタイムが出ていい成績が出ますから、もっとバイクを理解したいです。お金よりも、そういう部分ですね。

― サーキットでレースクイーンが傘を持ってライダーの脇に立つ姿は「これぞロードレース」という感じがしますが、大久保選手は番傘を持ち込んで自分でさしたことで話題になって「番傘王子」というニックネームまでつきましたよね。バイクに関心のなかった方に興味を持ってもらうための工夫でもあるんですか?

大久保 いえ、あれは特に目立とうとか意識して持っていったわけじゃないんです。最初はサーキットで使う予定もなかったんですけど、なんか話題になって「こんなんでいいのか」と(笑)。
 雪駄をはくとか、軍歌とか戦艦のプラモデルが好きなのは、生まれたときから一緒に住んでいた祖父の影響です。好きなだけで、特に何か思想があるというわけでもないです(笑)。
 バイクレースはイギリスやイタリアなどの海外では国民的人気なんですが、日本では昔ほど観る人がいなくなりましたよね。
 バイクレースは、スポーツ観戦として楽しめるものなんです。監督がいて、バイクを運ぶ人がいて、メンテナンスする人も数人いて、耐久レースならライダーが数人交代で走るという、チームプレーのスポーツなんですよ。
 バイクは危険だというイメージがあるかもしれません。公道でスピードを出すのは当然危ないんですが、サーキットはブレーキが外れた場合だって止まれるように安全に設計されています。全日本ロードレース選手権などは動画サイトで、無料で観られるものもありますので、ちらっとでも観て興味を持ってもらえたらと思います。そしてサーキットに来てくれる人も増えたらうれしいですね。

― ありがとうございました。

 

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