,

第五話 武蔵村山の畳店

**【『たまきたPAPER』2017年春号掲載記事を再編集】**

カフェなどの店舗について、現在の情報も調べて追記修正していますが営業内容が変更になっている場合もあります。お確かめの上お出かけください。

現在の新刊はこちらで読めます

スポットライト 技ある場所を照らす灯

貴重な技術を持ちながら、地元ではあまり知られていない企業やお店。
そこを照らすと、奥に隠れた物語が浮かび上がります。

ひじかた畳店
http://hijikata-tatami.handmade.jp

畳という言葉のイメージとは異なるモダンな店の窓ガラスから、温かみのあるオレンジの光がもれる。小雨降る静かな住宅街の中で、その一角はひときわ明るさを放っていた。

ひじかた畳店では、手作業で畳をつくる。約7割が畳床に発泡プラスチック材を用いるという現代において、伝統的な藁床を使用し、表面に張るござには熊本から取り寄せる上質ないぐさを使う。「出入り口に敷く畳は足で踏む回数が多いため多く縫って丈夫にする」など、住む人の生活に合わせて下ごしらえをして制作する。この店でつくり、傷んだ箇所を補修して使う畳は80年もつという。

店の初代である土方正明さんは、大正時代から続く日野市の畳店に生まれた。長男である兄がその店を継ぎ、次男の正明さんは生家を出て職人として働きながら技術を磨いた。1981年、妻の地元である武蔵村山市に「土方畳店」を開業した。5人の兄弟といとこは、みな畳職人になったが、その技術を継承するのは、二代目である息子の邦敏さんだけだという。
邦敏さんは畳職人の父、祖父、おじたちをはじめとする畳業界の中で育った。子どもだった当時は高度経済成長期で、次々と規模の大きな家が建ち、畳業界も好景気だった。しかし、幼い目から見ても、その環境に甘えて営業をしていないことが見て取れ、「このままではこの業界はだめになる」と感じていた。
公務員専門学校に通っていた19歳のとき、「畳の仕事は、いばらの道だが、その中で可能性を見つけていくのは面白いんじゃないか」と考え畳業界に入ることを決意。一次試験を通過していた公務員の道を断ち、学校もやめ、修行に入った。

父から指導を受けたあと複数の畳店で働き、23歳のときに武蔵村山市内で父とは別の店「たたみのひじかた」を開く。10年経営し、高齢になった父の店を共に経営する事を決め、2013年、「ひじかた畳店」として新たなスタートを切った。
現在37歳。父を代表、母のもと子さんを取締役として「それぞれが暴走しようとするとお互いに止めている」。さらに邦敏さんの妻の玲子さんが業界や親子を外から見て意見するというチーム経営だ。

一見、若くして自らの店を開き順調に進んでいるように思えるが、「もくろみは外れた」と言う。
大きな誤算は、日本人の和室離れが想像以上に著しく、業界の衰退が加速していたことだ。1枚30キロあるという畳を、家に傷を付けないように運ぶには大きな労力を要する。高齢になって一人で店を続けるのは困難だ。そして細かな手仕事をする畳職人の仕事に就こうとする若年層はめったにいない。
近隣にあった3軒の畳店は閉店し、加盟していた畳業組合の組合員は約350軒から約60軒にまで激減しているという。いずれも継承者がいないことが大きな原因だ。継ぐ者がいなければ、受注が減っても「自分の代まで生活できる収入があれば」と営業努力をしないことが多い。
「2000年ともいわれる歴史を持つ畳が消えてしまう」。邦敏さんの危機感は大きい。歴史や伝統を守るという使命感もあるが、自身が畳というものを気に入っているからだ。
「米を収穫したあとの藁を再利用してできたのが畳。使えなくなれば土にかえる。こんな商品はほかにありません」。
2人の幼い子どもがおり、通気性、いぐさの抗菌作用など、子育て環境に畳が適することにも着目する。ベビーゲージの中に敷く畳の制作を受注した際は、クッション性を高め、赤に白の水玉模様の縁を使用して畳を作った。
「縁はこの店だけでも約30種仕入れていて、ポップな柄のものもある。洋室に簡単に敷ける畳の商品もずいぶん前から開発されている。それを直接お客さんと接する畳店が先頭に立って知らせていかなければ」
そう話す邦敏さんからは、数少ない継承者という気負いは感じれられない。むしろ自分だけが拓ける道と、楽しげに行く末を見つめているようだった。

藁床がほつれないように糸で留める作業。自然素材の藁を使用しながら角を凹凸なく整えるのには、高い技術を要する。

ひし形にデザインした畳。90度より鋭角に形作るのはより難易度が高い。「こんな畳はできますかという問いに、できないと言ったことはありません」。

畳の縁で作った「へりバッグ」も販売。邦敏さんの母もと子さんが手作りする。丈夫で軽く、縁にさまざまなデザインがあることが分かる。

関連商品

  1. 多摩湖周辺 自然・文化めぐり&立ち寄りグルメ

    【秋の多摩湖さんぽ】【『たまきたPAPER』2016年秋号掲載記事を再編集】 たまきた地域を代表する景観スポット・多摩湖。東京でありながら周辺には豊かな自然が残り、歴史や文化に触れられる神社仏閣も点在しています。ウォーキング・ジョギング・サイクリングで澄んだ空気と地元グルメを味わいながら、のんびり秋の小旅行をしませんか?

  2. 安全な町ってどんな町? 子どもの危険回避研究所 たまきた研究室 第2回「安全マップをつくろう」

    今回のまちあるきには、横矢さんと子ども研究員に、お姉さん研究員のカオルさんが仲間入り。一緒にまちを歩きます。第1回の安全チェックポイント探しからステップアップして、安全チェックポイントを書き込んだマップづくりにも挑戦! 夏休みに水遊びをするときの安全予習に、水辺を歩いて安全をチェックしました。安全マップづくりは自由研究にもおすすめです。

  3. 第7回「指定収集ぶくろうと街をきれいにしよう」

  4. 第四話 東大和のステンドグラス工房

    スポットライト 技ある場所を照らす灯―貴重な技術を持ちながら、地元ではあまり知られていない企業やお店。 そこを照らすと、奥に隠れた物語が浮かび上がります。 ―多摩湖にほど近い場所にあるコンクリートづくりの工房は、東京で初めてて11月の積雪を観測したこの日、白く透明な雪に包まれ静謐(せいひつ)さを増していた。

  5. 冬こそ! らく・うまパーティーしよう!

    親戚や友人、職場で集まる機会も増えるこの季節。テレビや雑誌には素敵なテーブルコーディネートやレシピが溢れ、こんなパーティーができたらと憧れてしまいますよね。しかし現実は子育てや仕事に追われなかなか準備に時間をかけられず、予定日が近づくと気分が重くなったりすることも…。

  6. 比留間めぐみさん(「ママ・マルシェ」運営代表)

    たまきた地域で活躍する人にインタビューする「たまきた人」。東大和市で定期的にマルシェを開催するママ・マルシェ代表の比留間めぐみさんにお話を伺った記事です。比留間さんは2014年から東大和市で開催し、今秋8回目を迎えるママフェスタ「ママ・マルシェ」運営代表。雑貨店「MIMOZA」の店主で、同市内で3人のハンドメイド作家と出店する雑貨店「4*fiore」のオーナー。小学生3児の母。

ねこまん教訓カード

ページ上部へ戻る