ねこまん散歩&あやめ日報

モノよりコトか、コトよりモノか

社会的にどう見てもいいことをしているとしか捉えられないことなのに、なんだか違和感を感じることがある…と今日街を歩きながら帰ってきて、踊り場で交差点をぼーっと見つめつつ考えていました。

大きな音を立てているとか、強引に何かを人に押しつけているとか、迷惑をかけているわけでもない。けどなんだか「わあ、素敵」と思えない。私はめちゃくちゃ意地悪なのか。性格が悪すぎるのか。

私が惹かれるかどうかなので、大変、個人的な感覚なのですが結論に至るに、それは、そこに、コトはあってもモノがないからじゃないかと。

この場合のモノというのは、そこでいくらかで体験して持って帰ってもらうようなモノではない。それはコトの一部です。最近モノよりコトだと言うけれど、私は相反することを言っているのかもしれない。

そのプロセスが完璧じゃなかったとしても、これはいい、これは広めたいと思うのは、そこに一つ、プロの仕事として仕上がったモノがあることかもしれません。

信念とか、技術とか、鍛錬とか、目的とか、そういうものが集中した先の、研ぎ澄まされた、モノ。それは、私が目指す媒体でもあるし、造形物でもあるし、機械でもAIでも演奏でも、演奏に使われる楽器でも、コンサルティングでもあり得る。けどそれで稼いでいるというプロであることがモノの条件と私は捉えているのかもしれない。

私が「いいと思わされてしまう」ようなものは、研ぎ澄まされたものづくりによって表現されるモノなんだと思う。だからその先にプロとしてのモノがないコトのことを、私はいいと感じないんだと。

今日はなんだかこれが頭を離れなくて、違和感とその原因が気になってしょうがなかった。今後の仕事のゆく先にも関わることですので、まとまってすっきりしました。

モノあってのコトかと。だから、やっぱり、ものづくり、すごい技術をもっと知って取材していきたいです。

 

原田あやめ

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