ねこまん散歩&あやめ日報

2018−19冬号印刷完了

『たまきたPAPER』冬号、明日発行です。編集部には納本されており、スポンサーさんや取材協力者へは発送を終えています。

配達をしてくれているエリアパートナーにもお渡しをして、これから街に『たまきたPAPER』が溢れますので(そこまでか?)

お楽しみに!

創刊当初はもう、この日が来るのが怖くて仕方ありませんでした。慣れてませんでしたしね。私はテキストライティングを専門にやってきましたので、DTPも印刷も無知でしたし。今はPDFで入稿するので、印刷の仕上がりも原稿の時点で分かりますし、リスクは少なくなっているはずなのですが。入稿してから1週間くらいは、生きた心地がしませんでした。

今は、慣れたのもありますし、早めに入稿したあとは先のことをどんどん考えなければならないので入稿した原稿のことを考えている暇がない。

先のことをどんどん考えられるようになるくらい、私がやらなくていいことは、アルバイトさんやパートナーさんがやってくれる。そういうみんなに仕事をお願いできるのは、私が考えることこそ何より大事だし次を生むから、私が最大限に考える時間を得るために、考えることに集中するために、この仕事をお願いしますと思えるようになったからだと思います。

1年前は、まだそういう自信はなかった。

アシストしてくれる人も私の要求や、『たまきたPAPER』やことの葉舎の仕事、思いを理解してくれて、みんな意見も遠慮なくくれるし、意見を戦わせられるし、ぶつかっても、立ち止まっても、『たまきたPAPER』に、私に関わっていてくれる。それがあるから次を考える時間ができる。

もうダメなのかも。何度も何度もそう思いますが、やっと、うまく循環させられるようになってきた気がする。

 

今号も、いいのができました。そう思えるものが作れないなら、起業しなくていい。誰かが作ったものを、経営者や制作者の思いの元に売ればいい。

こういうふうに何かを変えたいから、こういう表現をして、こういうふうに配り、こういうふうに売るために、やっている。

自分しかできないことに集中する時間を得られるというのは、アシストしてくれる人がいるからで、そういう人たちをたくさん増やそうと思えるのはやっぱり会社にしたからで、会社にしたからやって来る仕事も出てきているし、会社にしたからこそやるべきこともある。

私のことなので、七転八倒が人より甚だしいですが、やはりこういうふうに進んできて間違っていなかったと思います。

 

ただ制作者であり経営者は頭の中の立て分けが難しいですね。制作物に対するプライドというか。

『たまきたPAPER』にチラシを挟ませてほしいというお話がいくつかあったのですが、お断りしてしまいました。すみません。先日タブロイドのフリーペーパーを手に取ったら、チラシがごそっと挟んであって、挟まれているフリーペーパーの中身にたどりつく前に読むのをやめてしまった。それって本誌に掲載されている人にとってどうなんだろう? チラシを挟んだ人はいいかもしれないが、そのために本誌を読んでもらえなかった広告主は?とか考えてしまう。

それをやるのが効率よく稼ぐ方法かもしれないのに、そういうふうに思ってしまうのは、私が作り手でもあるからなんですよね。ほかの読者は気にならないのかもしれませんしね。

編集を誰かに譲って、経営に専念したらそうはならないのか。編集者卒業か。

いやそれはまだまだ…納本で一安心してベラベラとしゃべってしまいました。皆さまそんな原田がつくった『たまきたPAPER』冬号を、明日からお楽しみください。

原田あやめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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