ねこまん散歩&あやめ日報

バナナの皮をむいて渡す

この日報を子どもが毎日読んでいて、たまに音読するので恥ずかしいです。

そんな子どもが小学生の時、バナナを食べると言ったので、皮をむいて渡しました。

そうしたら「バナナの皮くらい自分でむくよ!」と笑われて、「バナナの皮をむいて渡す」ということわざ(余計なお世話すぎて無駄なこと)ができました。

リンゴとか梨と同じつもりで、思わずむいて渡したのですよね。私は変なところでおせっかいなんですよね(関心がないことについての無関心ぶりは非道と思われるくらいですが)。

 

最近、会議とか打ち合わせで、何人かが「自分と人の間に、第三者が介入してでも入って、つないでほしいのだ」という話を聞きました。そういう意味でのおせっかいは、ある分野では必要とされている。特に福祉ですね。

例えば児童虐待。無理やり家の中に入ってでも介入しなければ子どもが助からない。でも、自治体もそこまで踏み込んでいいのかどうか分からない。

 

何かつながっていないところを、つなぐ。表現しきれていないものを表現する。今、自社発行物以外では、人が書いたものをチェックしたり整えたり、言い回しを変えたり、ぶつ切れの文章に流れを作ったりしています。普段私がやっていることは、何かにつけこういうことで、余計なお世話が仕事なんだろうなとも最近思っています。それが私が信念とする「人の命を助ける情報」でもあります。

 

ああでも、おせっかいの意味を調べると、

“おせっかいとは「出しゃばって世話を焼くこと。不必要に人の事にたちいること」”

これはいけません。不必要な世話は私もされたくない。おせっかいはやっぱりあまり好きな言葉ではありません。

必要最低限の世話を焼くこと、必要な情報でつなぐことを仕事にしたいと思います。

原田あやめ

 

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