編集長あやめ日報&旧たまきたWEB記事

言葉は動画のメディアでも重要だと学ぶ

ことの葉舎は基本的に印刷物を作ることをなりわいとしているのですが、たまに動画の編集のご依頼を受けることがあります。基本的に、こういうものはプロに任せたほうがいいと思っているのですが、普段からお付き合いのあるお客さまに関しては、私が扱える範囲の技術でという条件で対応させていただいているのですが、ちょっと引け目に感じることがあります。もっとほかにちゃんと作れる人がいるだろうにと。

ですが先日動画を作らせていただいて、ファイルの扱いに慣れていることよりも、私の仕事の姿勢であるとか言葉の使い方とか、そういうところを求めて依頼してくださっていて、高い動画の技術があれば何でも良くなるわけではないと、今さらながらに思いました。

仕様書をもとに私が手を動かさずにつくったものは、仕様書に沿って配置をした以上でなかった。こういうふうに、という指示をしても、それだけでは伝わるものではなかった。

おそらく私がやっていることというのは、要所要所に言葉をはさんでいることと、視聴者が動画を見るときに、見にくくなる効果をはさまないこと。よりよい写真の選定。

とにかく申し訳ないくらい凝ってなくてシンプルなのですが、言葉、素材の選定、そこは感性の部分です。情緒というのでしょうか。自分で言うのもなんですけれども、改めて、そこがほかが取って代われないところであるし、その感性を言語化して一緒に働く人に共有してもらわなければいけない。

「ことの葉舎は企画だからね!」とことの葉舎以外の人に言われる意味が、よく分かってきた気がします。

 

そして、ここが、先日も新聞とAIのお話で言ったことですよね。AIが取って代われない部分。(「子どもと新聞とAI」記事

 

昨日人口減少社会に関する本を読んでいて、規模が小さくても光る技術を持つ企業が増えることで、日本の人口が縮小しても、小規模なりに豊かな国になれる…というくだりがありまして。まさに、弊社はそうなりたいなと思っています。たまきたの、ことの葉舎の感性のファンになっていただくということですよね。

 

多摩着地型観光茶話会さんのご依頼で作らせていただいた動画。よかったら再生して多摩を旅している気分になってください。企業や団体の動画などが途中入っていますが、もちろん許可いただいて入れ込んでいるものです。

こちらは夏版。

 

こちは春版。

 

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