ねこまん散歩&あやめ日報

夢は見つけるというか見ちゃうもの

写真のような風景を見ながら歩いて通勤中、某所で「夢を見つけよう」という目標が出たという話を聞いて、なるほど若いうちに将来どうなってたいかをイメージすることは大事だな、若いときはたくさん見て聞いて体験して選択肢を増やして、イメージの幅を広げることだよな…などと考えていました。

ただ、夢は見つけなきゃいけないんじゃなくて、体験していくうちに見ちゃうものだと思うので、見つけよう、見つけようと焦らないように、指導者は見守ってほしいと思っております。

そんなことを思っていると、25歳くらいのとき、求人広告屋さん時代のことを思い出しました。

当時、今の西東京市をエリアに営業をしていて、整形外科病院のお客さんがいたのですが、求人広告についてはそこの事務長とやりとりをしていました。

当時、求人広告は広告のデザインやコピーにはあまりこだわられていなかったのですが、その事務長は私に「いいコピーを考えて提案してこい」「デザインを工夫してこい」といろいろおっしゃって、私はもともと原稿が作りたかったので楽しんで原稿を持って行っていました。

値段にも厳しい人で、

「気持ちだけでも値引きしろ」

「新人に値引きする権利はないと言われているので、引けません」

の問答があって

「俺に対して値引きしなかったやつは初めてだ」

というわけで、根性があると気に入ってもらっていたのでした。

その事務長が、病院の職員ではなくて委託で病院の給与計算などをやっている人で、委託先を増やすのに、自分と同じことをする人間が欲しいと相談されたのです。

私が転職しようと考えていた時期でもあったので、「一緒にやろう」という話になり、「つながりのある病院にしばらく入って仕事を覚えてきてくれ」ということにまでなったのですが、「それは私のやりたいことなのかな」と。

「もう25なのに、自分の人生の目標が、まだ分からないのです」

そんな話の中で、恥と思いながらそう言いました。すると事務長は、

「25で人生の目標が決まってるやつなんているのかな?」と言いました。

若いうちから夢に向かって走る人は立派で前向きに見える。でもみんなが同じ時期に湧き上がるような「将来こうなりたい」という夢を持つわけじゃない。

私は学生のときは一人暮らしで生活が苦しかったので、「就職したらもっとお給料をもらって少しきれいな服を買う」とかそんな希望みたいなものしか持っていませんでした。

でも、どんなに貧しくても、先に夢を見つけていて、それゆえに貧しいことをものともしない人もいて、そういう人に劣等感を抱いていたこともありました。

「好きなこと、力を思う存分発揮できることがこれ」「これで食べていきたい」というような、具体的な夢らしい夢を見られたのは40近くなってからです。

それで今夢に向かう途中というわけなのですが。

 

ちゃんとこの歳までまっとうに生きてきているので、特に問題はなかったですし、この歳で夢を見つけたりしている私もいますので、10代は「夢見つけよう!」というより「たくさんいろんな体験をして物事を知ろう」がいいのかなと思ったわけです。

今日はこんなことをした、こんな初めてがあった、って日々記録するのもいいかもしれない。

「これすごいな」「きれいだな」「面白いな」「こんな世界があるんだな」という体験を、大人が近くで見守って危険な目にあわないようにしながら提供していきたいと思いました。

 

原田あやめ

 

 

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