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8歳のときに女性活躍を思う

先日、相撲の件で女性蔑視のことなど書いて、連載すると言ったので、女性テーマで2回目を。

▪️前回はこちら

相撲に発して女性蔑視やジェンダーを思う

小学生のとき、アレルギー性鼻炎のため耳鼻科に通っていました。ある受診日、あまりにも混んでいて座るところがなく、病院の階段に座って診察順番を待っていると、おじいさんが話しかけてきたのです。

最初はどこの学校だとか、一人で来たのかとか、にこにこと話しかけてくれていたので安心していたのですが、

「大きくなったらどうしたいのか」

と聞かれました。

私は

「大学に行って勉強したい」と答えました。すると、おじいさんは顔色を変えて

「女は大学なんか行かんでいい!」と怒り出したのです。

今思えば大学に行くというのは過程であって夢とか目標ではないと思うのですが、当時、母が「高校に行きたかったけど、女は勉強しなくていいと親に洋裁学校に入れられた」と言っていて、それをかわいそうに思っていたので、私は母の代わりに高校大学に行こう、と思っていたんですね。

そう深く考えていたわけではなかったのですが、突然怒られて怖かったし、なぜこの人に将来を制限されなければならないのか?と大いに疑問を持ちました。

優しかったおじいさんが、初めて会った子どもに突然怒るほど、「女が勉強なんてとんでもないことだ」と信じている。

子どもながらに「この人に何か言っても無駄だ」と思いました。完全に彼の中でそれは正義だった。

個人の言うことなどはねつけておけばいいわけですが、ここまで極端でなくても、やっぱり性別役割分業というのはそれから何十年たった今も払拭しきれていないし、高齢者の意識や古い組織では女性蔑視も厳然としてある。

そういったものが、個人が選ぶ生き方を邪魔してはいけないし、傷つけてはいけないと思うのです。

逆に、男性だろうと女性だろうと高校に行きたくない、という人を理由もなく非難するのもおかしい。

特に親の立場は、大人の立場は、子どもが何かやりたいという前向きな意思を、思い込みで止め人生を変えてしまえるのです。それは能力を生かせないことになり生産性を下げる。

母は私が大きくなってから駅のキヨスクで働き人気者になり駅を使う高校生たちに街で会えば「おばちゃーん」と声をかけられて輝いていました。高校に行かなくても充分活躍したけれど、勉強したいという思いが叶っていたら、違う活躍もしていたかもしれません。

そんな子どものころの個人的な思いあってですが、やっぱり思い込みの女性蔑視、性別役割分業で、女性の力も男性の力も生かせないようにするのはいかんと思っております。

原田あやめ

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