編集長あやめ日報&旧たまきたWEB記事

合う信念がなかったのでつくった

私の会社、ことの葉舎の経営理念をWEBサイトに掲載した

 

言葉で地域の事業者の価値を高める

価値ある、表現技術を持たないものの代弁者となる

感動を生むものづくりをし、適切な対価を受け取る

 

どうもしっくりくる。私はこれを心から信じられる。

当たり前だ、自分でつくったのだから。

これまでの人生で、人の信念とか思想とかに染まれないことで苦労したことが結構ある。一定の思想を持った集団というのは世の中にたくさんある。しかしそのどれにも自分は共感しきれない。だから常々、自分はアウトサイダーだと思っている(そんな自分は嫌いじゃない)。

「人の思想に染まれたら、あれこれ考えなくてすむし、きっと生きるの楽なのになー」(※1)

と思いながらも、しっくり来る思想には出合えない。「私はそうは思わないんだけどな。それを言うならこうだし、ああだし」と理屈っぽくあれこれ考えてしまう。

(※1)「生きるの楽」の助詞「」が欠けているところと、「」(業界では「音を引く」で「オンビキ」という)がついているところが大事。いずれも本気でそれを求めていないことの表現

 

究極、死生観だってそうなのだ。死んだら天国に行くとか、生まれ変わるとか、現世と死後の世界はお隣だとか、どれかを信じられたら死ぬのが怖くなる、それが思想を信じるということだ。それがないから私は死ぬときに怖がるかもしれない(今は知りようがないことをいくら考えても仕方ないと思っているので死ぬときのことは考えない)。

苦しいときに、これはなんとかが与える試練なのだとか思えば、あれこれ考えずに乗り越えられるのかもしれない。でも私はずっとそういう思想のベースを持たずにいろいろやって生きてきたわけだ。ある意味強い。

 

しかし「何のために仕事をするか?」と考えて作った経営理念は、自分の思想とか、存在する意味に結構ダイレクトに通ずるものになった。これから派生して、生きる方針みたいなものがいろいろ出てくる。

 

なんだ、人の思想に染まれないのなら、自分で思想をつくればよかったのだ。

ことの葉舎を作り、会社を作ったことで自分の思想を明文化できるという産物があった。これは大きな利益だと思う。

 

 

ことの葉舎概要

 

 

 

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