編集長あやめ日報&旧たまきたWEB記事

多摩湖ですれ違いざま手を上げ合う連帯感

私はたまにジョギングをする。

数年前、運動しようと思い立ち、10キロのマラソン大会に出ることを目標に走り始めた。

最初は1キロ走っただけでぐったり。徐々に距離を伸ばし、多摩ロードレースを完走。翌年には立川シティーハーフマラソンを完走した。その翌年、今度はフルマラソンに挑戦しようと、東京マラソンに申し込んだけど落選。

そこでなんとなく距離を伸ばし続けるチャレンジは終わりにして、それまでの練習でできた体力で苦しくならない程度にたまに走っている。

10キロの多摩ロードレースのときには、坂道が多く、高低差がかなりあったので、アップダウンのある多摩湖の周辺で練習していた。

逆回りに走っている人たちが、すれ違いざまに手を上げて挨拶していく。「こんにちは」とか「お疲れ様」とか口に出すと、呼吸が乱れるので手を上げて挨拶を表現する。

知らない人でも、もっと速くなるとか大会に出るとか、同じような目的で走っている人同士の「頑張ってるよな」「お前もこのきついコースをよくやってるな」という、一緒に走っているような感覚。あの挨拶があると、苦しさが半減してスピードが上がる。

私はゆるゆるランナーだけど、ビシビシランナーの挨拶があると、ビシビシの仲間として認めてもらえた感じがしてもっと速くなろうと思う。

目標があれば、そこに同じような志を持つ人がやってきて、言葉もなくても支え合える。バラバラでもチームの感覚がある。

最近仕事でもそんなことがたくさんあって、若いころにはあまりなかったそういうことを、ここ数年急激に経験している。大人になって多少力が抜けてきたところでの、若気の至りのやり直しかなと思ったりする。

(若気の至りは青春と書こうとして恥ずかしかしくなったので言い換えた。言い換えというのは正しくないと思うが、だいたいそういう意味)

原田あやめ

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